人生最大の生麩
タケハーナをやってた最後の7年間、
暮れが近づくと何をしていても《おせち》作りのことが
私の意識のあちこちに顔を出すようになったものだ。
「今週のメニュー」というものを毎週どんどん思いつくことを
しんどいと思ったことなどたった一度もないけれど、
《おせち》はなんだか様子が違ってた。
お客さんは言う。去年と同じメニューでも嬉しいですよ!って。
なのに私は変えたがる。わざわざ別のものを思いつきたがる。
ほんとうは同じメニューの完成度を上げていくというのが王道のような気がするのだけど、
私はどうもそういうタチではなくて、
未完成を好むタイプみたい。未熟?荒削り?やりっ放し?そんなん。
そしてちょっと矛盾した言い方になるのだけど、そこは日本人の血なのか
「元旦に食べるおせちなのだから、ちょっとはちゃんとしたい」という気持ちも芽生えたりで、
未完成の完成みたいなことを探そうとしてしまうせいで、
いつになくメニュー作りに緊張したのかなと、いま、振り返っています。
11月終わりの頃の定休日を使って図書館に行き、ただなんとなくいろんな料理の本をめくっていく。
それを私はウォーミングアップと呼んでいました。なんだか緊張している気持ちをほぐすための。
(図書館は世田谷区、目黒区、渋谷区と毎年変えたりして)
その後は時間がある時に、ラフスケッチを重ねて、
かさねていくうちにいつの間にか「もう、これでいいよね~?」という品々が決まり、
原寸大の設計図を描いて、色鉛筆で塗ったりして、壁に張って眺めたり。
さらに《おせち》の場合はプラスしていく彩りのことをイメージしながら、
すべての材料を書き出して予算と照らし合わせてを繰り返し、
仕入れと仕込みの日々を迎える訳だけど。あらーっ。長くなっちゃった、イントロ。
今日は生麩のことを書くのです。
《おせち》に一度も入れることが出来なかった生麩のこと。
食材を集めに築地はもちろん、そのほか地方の食材を扱ってるお店とかデパ地下とか行くたびに、
目の端でとらえてしまうのがいろーんなタイプの生麩。
もともと食材として楽しくて、
しかも彩り豊富で《おせち》の華やかさ演出をぜひともおまかせしたい存在なのだと思う。
いいなーこれ。使いたいなーこれ。そう思って手に取って、
見えない包丁で切って数えて予算を出して。。あきらめる。
私、これを毎年くり返していた。
なんであきらめたんだろう。ちょこっと彩りにっていうのがなーんか照れ臭かったんだな!
洗練された存在をそのまま使うのではなく、ほんとは大胆な使い方をしてみたかったのだけど、
それには生麩、予算オーバー。
そんなこんなで心のどこかで羨望生麩。
えー、そんな私が京都の老舗生麩屋『麩嘉』さんと出会いました。ふうかさんと読みます。
なんとニューヨークからやって来たお客さんが繋いでくださった縁。
私の料理を食べた直感で、きっと麩嘉の社長さんと話が合うはずと言って。
タイミングよくそのすぐ後に瀬戸内に行く用事があったので、帰りに思い切って尋ねてみることにした。
羨望生麩ゆえ、ちょこっと緊張は隠せなかったけど、なるべくさりげなくにこやかに、
静かな路地に佇む美しいその店の暖簾をくぐってみたら、
出迎えてくれたのは思ったよりずっと若くばーんと体格のいい現社長の小堀周一郎さん。
京都、生麩、華奢っていうイメージをしたのは我ながらダサ過ぎだろう。
麩まんじゅうを作る行程はどこも清い水にあふれていて、母の実家のお豆腐屋さんを思い出した。
笹に包まれた出来立てのその愛らしい完成品もまた、字の如く水々しくて、
つるんと笹から飛び出して、危うく落としそうになったくらい。あーまた食べたい。
そのあと小堀さんと少しお話をして、
帰り際になんと5種類の生麩をズシリといただいてしまった時は私かなりハイテンションで、
帰りの新幹線の中、こんなにたくさん使っちゃっていいんですかあ♪
と何度も歌うようにつぶやいて(心の中でですよ)浮かれては手提げ袋の中を眺めてました。
人生初の生麩ふんだん料理。羨望が一気に現実になって、
私は失敗を恐れることなく様々な料理を空想して楽しくなった。
まずはこんなものを作ってお客さんに驚いてもらい、
そして小堀さんにもその写真を送らせてもらうことにした。
もの凄いお礼の気持ちをこめて。
そうしたら人生最大の生麩体験をさらに上乗せする事態になったのだ。
「バレンタインのためにチョコレートを練り込んだ生麩を作ったのですが、
少し冷凍してありますので、よかったら使ってみませんか」と!
届いたチョコレート生麩はビターとスウィートの2タイプ。
それもたーーーっぷり。いやいやいや、もう!
チョコレート生麩。様々な料理とデザートを作ってみて、どれも美味しく出来たと思うのだけど、
でも実は、その使い方の基本としては、たったひとつのやり方しか思いつかなかったのだ。
カットしてバターやオリーブオイルでソテーしてから使うという方法。
どうしてもそこから離れられないまま、
送っていただいたすべてのチョコ生麩を使ってしまったことになる。
それくらい、その方法が美味しかったとも言えるのだけど、
生麩にチョコレートを練り込んだ老舗の4代目(たしか)の心意気に
ちょっと圧倒されていたのかなとも思う。
私、ちょっと安全パイに逃げたっていうか。
そういえば、麩嘉さんと繋いでくれた方が言っていたっけ。
「きっと話が合うと思うんです!」って。そう思ってくれた意味は分ったけれど、
私は元々なーんも枠がないところでやっている身、挑戦とか失敗とかないですから。
でも『生麩』という伝統の世界でおもろいこと見つけてどんどんやっていくことって、
どんな感じなんだろう。
そこから飛び出てきた『チョコレート生麩』に私は遊んでもらって、
そしてまだ遊び足りない気分になっちゃったのだ。
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